30代受験生にとっての「学歴」
ゆうべ書こうと思ったことです。
もともとは全然関係ない話からこれについて考えたんですが、30代職歴なしで大学生になろうとする僕には学歴はいまんとこ、結局、自分がどれだけ勉強やったかの指標でしかないよなって思います。
世間的にはこの歳で大学出ても職はないと言われてます。
大企業はもちろん、中小企業でも門前払いされると言われてます。
そんな「現実」*1を考慮した上で、僕なりに思うことは、関学や立命に受かったことも自分の2年間の勉強にたいしての一種のごほうびみたいなもんだなぁって思ったんです。
旧帝一橋なんか目指して、それらのオープン模試も上位な人は関関同立なんて…って思うかもしれないけどさ、19や20の時の全然勉強してなかった自分には関関同立も雲の上の存在だったから関関同立受かるってこともすげーことなんですよ、本当は。
だから、それを現役で受かる人はそれだけでやっぱすげーって思うし、頭良いんだなぁって思う。
自分がちゃんと勉強してなかったのがそもそもの発端で、関関同立への思いを10年も引きずったわけだけど、関学に合格したことで、僕の中の大学に対する強い執着は一端霧散したような気がします。
実はこの受験最初に決意したとき、最初に行きたいって思ったのは関大だったんですよ。
でも、私立はお金がかかるからってことで他に頑張らないと受からないレベルの大学を受けたいって考えて関西圏の国公立ってことで大阪市大にしたんだけど、最初の憧れの関大よりもさらに上の大学に受かったことで僕の中ではこの受験は一端完結してたように思う。
正直言うと心理学学びたいってよりも、もう1回大学行きたいって思いの方が強かったからね。*2
だから、関学や立命受かったって事が嬉しかったし、特に関学なんて、初めて過去問解いた時、受かるなって感じたときはすごい嬉しかった。
だから、自分には良い大学に受かったってことはちゃんと勉強したってことを示してくれる一種の指標のように感じたわけです。
なので、高校時代に一生懸命勉強して関関同立に行ってさらに今良い企業に入れてる人はすごいなって思う。
彼らは若いときに一生懸命頑張ったんだなって、今だからこそすごく分かるからね。
と、まあ、こうは言ってますが、これで全てが終わったとは思ってません。
こっからが本番ですからね。
これから何を学び、何を吸収し、何を残していくかが問われる4年間になると思います。
自分で切り開いた人生の第2章。
卒業しさえすれば「高学歴」と世間的には言われる大学に入ったこっからの自分が問われるんだからね。
たった今の僕にとっては「学歴」は人生のおまけでしかありません。
これを価値あるものにするのも、腐らすのもこれからの自分次第ですからね。